「整える」というスポーツの話

コーチの伊藤です。

先日、一冊のとても良い本に出会い、思い立ってブログを書きます。『アスリートのためのトータルコンディショニングガイドライン ― ハイパフォーマンス発揮のためのセルフコンディショニング』(日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンススポーツセンター編)という本です。日本代表クラスのアスリートを支える現場で積み上げられた知見がぎゅっと詰まった一冊で、読みながら、地域の小さなクラブでジュニア育成をしている私自身の経験とも、たくさんの接点があることに気づきました。

今回は、この本の内容を、私なりにトランポリン競技の視点から紹介していきたいと思います。トランポリンをよくご存じない方にも読んでいただけるよう、できるだけ平易な言葉で、「整える」というスポーツの話を書いてみます。元サッカー日本代表の長谷部誠選手の著書にも「心を整える」というベストセラーがありますね。

トランポリンは「跳ぶだけ」の競技ではない

トランポリンと聞くと、多くの方は公園や家庭用の遊具を思い浮かべるかもしれません。実は、トランポリンは2000年のシドニー大会から正式な五輪種目になっているれっきとした競技スポーツです。

競技では、選手は20秒ほどのあいだに10の技を連続で演技します。高さは7メートルほど、マンションでいえば3階くらいの位置まで上がります。そこで、宙返りをしながら空中での姿勢を保ち、正確に中央に着地しなくてはなりません。一つミスをすれば、流れも、点数も、大きく崩れます。

この競技に必要なのは、見た目の派手さの裏側にある、極めて繊細な「整える」という技術です。

アスリートのパフォーマンスを支える8つの要素

本書によれば、アスリートが最大限の力を発揮するために必要な要素は、次の8つに整理できるそうです。

技術、体力、怪我や体調の管理、メンタル、栄養、スケジュール、戦略、戦術。

この8つを「ある目的に向けて望ましい状態に整えること」を、本書ではコンディショニングと呼んでいます。そして、複数の専門家が連携してこれを包括的に行うことをトータルコンディショニングといいます。

国の代表クラスの選手には、医師、理学療法士、トレーナー、栄養士、心理専門家、科学者といった、それぞれの分野のエキスパートがチームを組んで、一人の選手を支える体制があります。

地域の小さなクラブには、それがない

一方で、私たち地域のクラブには、そうしたチーム体制はありません。当クラブのコーチは、現在は基本的に私一人です。

本書を読みながら、改めて自分の現場を振り返って考えたことが、3つあります。

1つ目は、コーチが複数の領域を横断して見るジェネラリストとして振る舞うこと。
2つ目は、保護者やご家族をアスリート・アントラージュと呼ばれる支援チームの一員として位置づけること。
3つ目は、選手自身に「自分を整える力」、つまり本書のサブタイトルにもあるセルフコンディショニングの力を身につけてもらうこと。

この3つが組み合わさると、専属の栄養士も、チーム付きの医師もいないクラブでも、包括的な支援のかたちが立ち上がります。本書の言葉でいえば、コーチ・家族・選手本人の三者で、小さなトータルコンディショニングのチームができるのです。

「正しく跳ぶ」ということ

ジュニア育成の現場で、私が一番大切にしている言葉があります。「正しいトランポリン運動」「正しい技術」です。

正しく跳ぶというのは、最小の負担で、最大の高さと美しさを生むということです。これは見た目の話にとどまりません。正しくない跳び方は、からだの一部分に無理な負担をかけ、やがて怪我として表に出てきます。怪我をすれば練習ができなくなり、できないことが続けばメンタルも下がり、食欲も眠りも乱れていきます。

つまり、正しい技術を積み上げることは、怪我の予防であり、メンタルの安定であり、長く競技を続けるための土台であり、本書でいうコンディショニングの中心そのものなのです。

幼いうちから「正しい跳び方」を身につけた人は、競技を離れても、自分のからだの使い方が上手な大人になっていきます。

「勝つため」だけのスポーツではない

本書でも紹介されている世界保健機関(WHO)は、身体的・精神的・社会的に良好な状態をウェルビーイングと呼んでいます。そしてこの考えを、アスリート以外の一般社会にも広げて、日常生活のなかで発揮される力をライフパフォーマンスと呼んでいます。

日本代表選手が発揮する世界を競うレベルのハイパフォーマンスと、私たちが日々の生活を整えるライフパフォーマンスは、実は同じ「整える」という一つの力でつながっています。F1や宇宙開発の最先端技術が、やがて私たちの乗る車や家電に応用されていくように、トップレベルのアスリートのコンディショニングの知恵は、一般社会で暮らす人たちの日常を支える力にも応用できるのです。

トランポリンのレッスンで身につく、自分のからだと心を自分で整える力は、大会でメダルを取るためだけのものではありません。たとえその選手がいつか競技を離れたとしても、仕事や家庭、人生の荒波のなかで、ずっと役に立ち続ける力です。

小さなクラブが果たせる役割

地元、稲敷市のような地方の小さな町で、これまで日本代表が育ったのは偶然ではない気がします。限られた資源のなかで、コーチ・家族・選手が一つのチームとしてコンディショニングに向き合ってきた結果です。お陰様で、当クラブの選手からチームメイトに対して「今日の調子はどう?」という会話をしているのが、耳に届いてきたりもします。

そして、私はこの経験こそ、日本全国の地域クラブや、スポーツを頑張るすべての子どもたちに広げていけるものだと感じています。完璧な設備や専属スタッフがなくても、「正しい技術」「整える習慣」「支え合う関係性」があれば、人は驚くほど伸びていきます。

本書は、そのための共通言語をくれる一冊でした。興味のある方は、ぜひ手に取ってみてください。そしてもし、この記事を読んでくださっている皆様が、お子さんや、ご自身の生活のなかで、何かに向き合っている最中であれば、今日一つだけ試してみてください。「今日の私のコンディションは何点?」と、静かに自分に問いかけてみる。

そこから、「整える=コンディショニング」が既に始まっていますね。


参考文献(4本共通)

メイン書籍

  • 独立行政法人日本スポーツ振興センター ハイパフォーマンススポーツセンター 編『アスリートのためのトータルコンディショニングガイドライン ― ハイパフォーマンス発揮のためのセルフコンディショニング』

本書内で引用されている主な出典

  1. 臨床スポーツ医学編集委員会『臨床スポーツ医学 スポーツ損傷予防と競技復帰のためのコンディショニング技術ガイド』文光堂, pp.2-10, 2011.
  2. World Health Organization. Constitution of The World Health Organization. p.18, 1948.
  3. 衣笠泰介ほか「アスリート・ウェルビーイングの概念: 専門家による意見合意形成」Journal of High Performance Sport, 8: 113-124, 2021.
  4. 独立行政法人日本体育・学校健康センター『国立スポーツ科学センター年報2002(Vol.2)』pp.41-42, 2003.
  5. 独立行政法人日本スポーツ振興センター『国立スポーツ科学センター年報2004(Vol.4)』pp.66-67, 2005.

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